夜中に時々目が覚める。腹が減ったので台所でビーフンを作ろうとするが、ものすごく眠くて、どこまで作ったのか忘れそうだ。大学の同級生のケンジが寝室からこっそりギターを持ち出している。
「弾くなよ、うるさいから」彼は聞こえないふりをしている。
外はまだ薄暗い。しばらく寝て目が覚めたら、新旧の藝大生が何十人も、勝手に家に上がり込んで飲んでいた。これでは妻も眠れないではないか。和やかなムードに水を差すことにした。
「お前ら、なんだよ。人のうちに勝手に上がり込んで。ふざけるな」
みんな神妙な顔をして固まっている。中には教授か、大先輩なのか、おじいちゃんみたいなのも居て、一人で飲んでいる。とりあえず微妙に会釈しておいた。こいつらはケンジが呼んだに違いない。
「ケンジ、ケンジ、居るだろ?ちょっとこい」
彼は幼い娘を抱いて来た。
「その子の顔を見るとお前を叱れないので、俺が預かる」
可愛い娘を抱っこしながらケンジを厳しく叱った。彼は申し訳無さそうにしている。父親をさんざん叱った後、娘は僕に抱かれながら眠ってしまった。寝室に行き寝かせ、その子の隣で僕も眠った。
家には大学の同級生のマサミやヨシヒコも来ていた。
「みんなさ〜、歳とっても印象が変わらないのがうれしいよね」とヨシヒコはにこにこしている。マサミも嬉しそうだ。
しかし部屋にたむろしているのは面識のない奴らばかりで、子供連れも多い。僕と妻が寝ている部屋には大型テレビが二台も持ち込まれ、イヤホンをつけて何か観ている女の子もいる。彼らは自分の家から勝手に不要品を持ち込んでいた。大量のハンガーやらレコード。VHSのビデオ(名画系が多い)は棚ごと持ち込まれ、掃除機は一箇所に何台も置かれていた。元々物が多い僕の自宅は更に物だらけになった。
藝大の奴らは勝手に上がり込んでは悪いと、お礼のつもりで持ち込んでるのか、この機に乗じて不要品を処分したかったのか微妙なところだ。
ふと、ビーフンを作っている途中だったことを思い出した。
広い台所に、これまたいろんな食材が持ち込まれている。ビーフンはゴミ箱に捨てられていたが、炒めていた具材は、フライパンから出され、綺麗に並べられている。ケンジの娘が、
「すみません、私を車で送って下さい」とお願いしに来た。
(あれ?少し大きくなった?)ケンジは仕事に出かけたばかりで不在だ。
「後でね」
寝室の窓を開けたら、とても古そうな能舞台が目の前に現れた。今まで住んでいて気づかなかったが、家の隣は神社だったのだ。能舞台の下は池になっていて、なかなか良い景色だ。その気になれば、部屋の窓からすぐに池まで出られそうだ。
ケンジの娘がそろそろ送って欲しいと呼びに来た。もう高校生くらいになっている。今着ている部屋着ではまずいから、外に履いていけそうなパンツを探す。見つけたパンツはみな黒光りする汚れがあったり、油を含んだようなホコリになっていて、履いて出られそうなものが一つもない。とりあえず、マシなものを一つ選んで履いた。
玄関に行くと、娘が座って待っていた。
もう20歳も過ぎたような雰囲気で着ている服も大人っぽい。僕を待っている間に一旦外に出てきたと言う。タバコを吸いに行ったのかもしれない。娘と共に出かけようとするが僕の靴が見当たらない。玄関にあるのは見覚えのない靴ばかりで、勿論それは部屋にいる誰かのものだ。
「マサミさんが『徳永に』って靴を置いていきましたよ」と娘。
モカシンとまだ新しそうな、見たことのないジャングルモック。ジャングルモックは革製でロールパンのような色と艶の靴だ。少し大きめだが、とりあえず履くことが出来て喜んでいたら、左足を上げた途端、靴底の半分がボロリと取れた。
「だめじゃん」
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